第12回 復習その1
今回と次回は、実際の翻訳例を使って今までの復習をしたいと思います。構文編の内容は、主として訳文を読みやすくするための工夫です。したがって、単文のレベルではこう訳さなければ間違いだというものではありませんが、段落単位で考えると大きな違いが出てきます。
例文1
The compositions as defined above are preferably used to form a dielectric material which may then be combined with suitable reinforcing material (see below) to form the dielectric portion of a substrate such as used in a printed circuit board.
「上で定義した組成物は、次いで適当な強化材料(下記)と組み合わせてプリント回路板に用いられるような基板の誘電部分を形成する、誘電材料を形成するのに用いるのが好ましい。」
この訳文は大した間違いはありませんが、関係文を前に載せて訳したため、少し理解しにくいですね。またmayの訳出が難しくなります。 関係節中にthenやwillが出てくる場合は、主節より後の話ですから、関係詞の前で切って前から訳すとうまくいくことがよくあります。mayが出てきても、切れれば訳しやすくなります。もう一点、to不定詞も通常は前から訳すとわかりやすくなります。be used toやto formの場合は特にそうです。なお、are usedとbe combinedは受身形を能動形で訳してありますが、筆者の意図ですから、それで正しいです。以上の点を踏まえて訳し直すと、次のようになります。一番の問題であったpreferablyとmayの及ぶ範囲も正確になりました。
「上記で定義した組成物を使用して誘電材料を形成することが好ましく、次いでこの誘電材料を適当な強化材料(下記参照)と組み合わせて、プリント回路板に用いられるような基板の誘電部分を形成することができる。」
例文2
In the formation of integrated circuit devices on semiconductor wafers (chips), there is a continual desire to increase the number of devices per unit area of the chip surface.
「半導体ウェハ(チップ)上の集積回路デバイスの形成において、チップ表面の単位面積あたりのデバイス数の増加に対する絶え間ない要求がある。」
この訳文も大した間違いはありませんが、生硬です。これは名詞構文の例です。次のようにformationとdesireを動詞構文で訳すと、訳文が滑らかになります。なお、desireは「要求」ではなく、「希望」「要望」です。
「半導体ウェハ(チップ)上に集積回路デバイスを形成する際、チップ表面の単位面積あたりのデバイス数を増加させることが絶えず望まれている。」
例文3
A laptop computer could be used for the present invention; however, it does not have the portability feature that makes the hand-held version preferred.
「ラップトップコンピュータを本発明に使用することも可能であるが、携帯版を好ましいものとする持ち運びしやすさの面での特徴はない。」
これも後半がわかりにくいですね。thatはportability feature を指しています。このfeatureのためにhand-held versionがpreferredなものになるわけです。関係節を後ろに回して次のように訳してやると、ずっとわかりやすくなります。また、portabilityは名詞形ですが、元の形容詞に戻して訳すと、意味がはっきりします。
「ラップトップ・コンピュータを本発明に使用することも可能であるが、持ち運びしやすいという特徴はなく、したがって(そういう特徴のある)携帯版の方が好ましい。」
次に一段落の文章を取り上げてみます。読者のみなさんも、まず英文だけ読んで訳してみてください。
例文4
The general fabrication of trench capacitors and other trench-based component is well known.
「トレンチ・キャパシタ及び他のトレンチに基礎を置く構成素子の一般的な製造方法は良く知られている。」
componentの訳以外は問題ありません。componentは化学などでは「成分」、電気・機械などでは一般に「構成要素」と訳しますが、「構成部品」「(電子)部品」と訳すこともあります。
「トレンチ・キャパシタおよび他のトレンチをベースとする構成要素の一般的な製造方法はよく知られている。」
例文5
Typical processes involve etching of an initial trench into the substrate (or wafer).
「典型的なプロセスは基板(もしくはウェハ)へのイニシャル・トレンチのエッチングを有している。」
これは名詞構文です。なお、involveは「巻き込む」が原義で、「含む」「関係する」「必要とする」の意味を含んでいます。方法が主語で、動名詞が目的語の場合は、その方法の本質を表す表現だと思われるので、私はよく「~するものである」と訳しています。「有する」はいただけません。
「典型的な方法は、基板(またはウェハ)内に初期トレンチをエッチングするものである。」
例文6
Prior to trench etching, one or more conformal dielectric material layers may be formed on the wafer surface.
「トレンチ・エッチングに先立って、1またはそれ以上の共形の絶縁体層が前記ウェハの表面上に形成されることがある。」
mayはみなさんが手こずっておられますが、普通はcanと同じく「することができる(=してよい)」と「する可能性がある(=かもしれない)」のどちらかで訳せます。また、助動詞がある場合、述語を能動形で訳すことができます。主語を「は」で受けるときは特にそうです。one or more は「1つ以上の」と訳す人がよくいますが、やや不自然です。「1つまたは複数の」とします(ただし法規では「1又は2以上の」と言う習慣があります)。prior toはbeforeと同義です。訳し分ける必要はありません。
「トレンチ・エッチングの前に、1つまたは複数の共形誘電層をウェハの表面上に形成することができる。」
例文7
Typically, a conformal oxide dielectric layer will be closest to the semiconductor surface with a conformal nitride dielectric layer (so-called "pad nitride") overlying the oxide layer.
「典型的に、共形の酸化物絶縁層が酸化物層の上に横たわる共形の窒化絶縁層(いわゆる「パッド窒化物」)を伴って半導体表面に最も接近していることがある。」
withで始まる付帯状況構文を知らないとこんな訳になります。この場合は典型的な付帯状況構文に訳す必要はなく、単純接続の意味でandとして訳します。なお、dielectricは「誘電性」です。isolating 「絶縁性」と物理的な意味は同じですが、言い換えません。typicallyは「典型的には」と訳すべきです。簡単に「一般に」「通常」とも訳します。文頭に副詞句がある場合、一般に「は」「ば」を添えなければなりません。
「一般に、共形の酸化物誘電層が半導体表面の最も近くにあり、共形の窒化物誘電層(いわゆる「パッド窒化物」)が酸化物層の上にある。」
例文8
The trench is then formed by etching through the pad dielectric layers and into the semiconductor substrate material.
「トレンチはその後、パッド絶縁層を貫通し、半導体基板物質内へ到達するように形成される。」
by etchingを訳し忘れています。これも能動形に訳します。筆者の意図だからです。thenは文中にありますが、接続助詞として文頭に持ってくるべきです。therefore、howeverなども同様です。なお、materialは「材料」と訳すのが最も一般的です。「素材」「材質」と訳すのは、用途が限られています。物質はsubstance。
「次いで、パッド誘電層を貫通して半導体基板材料内までエッチングすることによって、トレンチを形成する。」
例文9
A region in the substrate at the bottom of the trench may be doped to provide a region of increased charge storage capacity which will become one plate of the capacitor.
「トレンチの底部における基板内の領域は電荷蓄積容量の増加した領域を供給するためにドープされる。この領域はキャパシタの1つの電極となるものである。」
関係節を後回しにしたのはよくできました。ちゃんとwillが入っていますね。副詞句の訳し方の順序ですが、英語では大きなものから先に言います。in the substrateが前にあり at the bottom が後に来ています。したがって訳文もその順序に訳します。may be doped は能動形で訳します。to provide は前から訳します。oneは後でthe otherが出てくるので、「一方」です。provideは「提供する」「与える」「供給する」「形成する」「もたらす」「実現する」などと訳せますが、この場合は「供給する」ではなく「形成する」です。
「基板内のトレンチ底部の領域をドープして、電荷蓄積容量が増加した領域を形成することができる。この領域はキャパシタの一方の極板となる。」
例文10
A thin node dielectric later (high dielectric constant material) is formed as a conformal layer covering the trench surface.
「薄いノード絶縁層(高誘電率物質)は前記トレンチ表面を覆う共形層として形成される。」
これも能動形で訳します。
「薄いノード誘電層(高誘電率材料)を、トレンチ表面を覆う共形層として形成する。」
例文11
The trench is then filled with a doped polycrystalline silicon (polysilicon) or other charge storage material to form the other plate of the capacitor.
「前記トレンチはその後、前記キャパシタの前記電極の他の電極を形成するためにドープされた他結晶シリコン(ポリシリコン)または他の電荷蓄積物質で充填される。」
ここでも、to不定詞と受身形が出てきます。the otherはoneと対になるもので、「他方の」です。
「次いでドープした多結晶シリコン(ポリシリコン)または他の電荷蓄積材料でトレンチを充填して、キャパシタの他方の極板を形成する。」
以上の訳文を続けると次のようになります。読み比べてください。なお、話の続き具合をさらによくするため、訂正訳の一重下線と二重下線の部分を入れ替えました。
「トレンチ・キャパシタ及び他のトレンチに基礎を置く構成素子の一般的な製造方法は良く知られている。典型的なプロセスは基板(もしくはウェハ)へのイニシャル・トレンチのエッチングを有している。トレンチ・エッチングに先立って、1またはそれ以上の共形の絶縁体層が前記ウェハの表面上に形成されることがある。典型的に、共形の酸化物絶縁層が酸化物層の上に横たわる共形の窒化絶縁層(いわゆるパッド窒化物)を伴って半導体表面に最も接近していることがある。トレンチはその後、パッド絶縁層を貫通し、半導体基板物質内へ到達するように形成される。トレンチの底部における基板内の領域は電荷蓄積容量の増加した領域を供給するためにドープされる。この領域はキャパシタの1つの電極となるものである。薄いノード絶縁層(高誘電率物質)は前記トレンチ表面を覆う共形層として形成される。前記トレンチはその後、前記キャパシタの前記電極の他の電極を形成するためにドープされた他結晶シリコン(ポリシリコン)または他の電荷蓄積物質で充填される。」
「トレンチ・キャパシタおよび他のトレンチをベースとする構成要素の一般的な製造方法はよく知られている。典型的な方法は、基板(またはウェハ)内に初期トレンチをエッチングするものである。トレンチ・エッチングの前に、ウェハの表面上に1つまたは複数の共形誘電層を形成することができる。一般に、半導体表面の最も近くに共形の酸化物誘電層があり(⇒設けられ)、酸化物層の上に共形の窒化物誘電層(いわゆる「パッド窒化物」)がある(⇒設けられる)。次いで、パッド誘電層を貫通して半導体基板材料内までエッチングすることによって、トレンチを形成する。基板内のトレンチ底部の領域をドープして、電荷蓄積容量の増加した領域を形成することができる。この領域はキャパシタの一方の極板となる。トレンチ表面を覆う共形層として薄いノード誘電層(高誘電率材料)を形成する。次いでドープした多結晶シリコン(ポリシリコン)または他の電荷蓄積材料でトレンチを充填して、キャパシタの他方の極板を形成する。」