第3回 名詞構文の話
前回は受身の話をしましたが、要は、原文が受動形で書いてあっても、必要なら能動形その他の形で訳すということです。
今回は英文科学技術文の第2の特徴である名詞構文についてお話しします。名詞構文とは、普通の文章なら定動詞を使うところをその派生名詞(動作名詞)で表すというものです。
簡単なケース
まず、動名詞を使った例文を示します。この場合はどなたでもスムースに訳せるはずです。
●例文1
The advantages of programming in a high level language include abstraction and portability.
高水準言語でプログラミングすることの利点には、抽象性と移植性が含まれる。
動詞派生名詞を使った場合も全く同様に「〜すること」と訳すと自然な訳文が得られます。次の文のprovisionなど辞書には「提供すること」という訳語は普通出ていませんが、この訳し方を覚えていると便利です。なお、動詞派生名詞を使う場合は、次の例のように意味上の目的語の前にofを付けます。
●例文2
This invention is characterized in the provision of a regulation container.
本発明は、調節容器を提供することを特徴とする。
このような動詞派生名詞を使った文と動名詞を使った文は相互に書き換えることができます。さらには定動詞を使った副文に書き換えることもできます。例えば例文2では、by providing a regulation containerと言ってもin that it provides a regulation containerと言っても同じ意味です。
また形は動名詞でも定冠詞を付けたりofを伴ったり動詞派生名詞と全く同じ働きをさせることもできます。例文3のsharingがそうです。動詞の派生名詞がない場合は当然この形を使います。
なお、フランス語など動名詞がない言語では、その代わりにすべて派生名詞を使うことになります。したがって、名詞構文をくだいて訳す方法を身につけることが英語以上に重要です。
上記のような文で構造が簡単な場合は、「〜すること」と訳す必要はなく、次のように普通の名詞と同様に訳します。どなたでも自然にそう訳してしまうはずです。
●例文3
The sharing of DNA information takes place naturally through sexual reproduction.
DNA情報の共有は、生殖を通じて自然に行われる。
同様に、動名詞を使った文でも簡単なものは、「〜を〜すること」ではなく「〜の〜」と訳すことができます。例文2とは逆の変換です。
●例文4
Forming the functional portions of the memory cells begins by forming a layer of material over the vias and studs and on the surface of the second layer of dielectric material.
メモリ・セルの機能部分の形成は、バイアとスタッドの上および第2の誘電体層の表面に材料の層を形成することから始まる。
他動詞で受ける
つなぎの動詞が他動詞の場合は、そのまま「〜することは」と訳すと生硬な訳になるので、前回「無生物主語」の所でお話ししたのと類似の処理を加える必要があります。大抵の場合は、「〜すると」と訳すことができますが、時には「〜ので」など他の形で訳すべき場合もあります。言い換えれば、when、becauseなど接続詞を伴う副文の形に書き換えて訳すということになります。この処理を加えた場合、本動詞である他動詞は自動詞または受身形に変えなければなりません。
●例文5
Polymerization of vinyl chloride produces a polymer similar to polyethylene, but having chlorine atoms at alternate carbon atoms on the chain.
塩化ビニルを重合させると、ポリエチレンと同様の、ただし鎖の炭素原子に一つ置きに塩素原子を有する重合体が生成する。
●例文6
The addition of the metal silicide layer lowers the sheet resistance.
金属シリサイド層を付加すると、面積抵抗が低下する。
●例文7
The solution to this dilemma involves addressing two problems that are interdependent.
このジレンマを解決するには、相互に依存する2つの問題に対処する必要がある。
形式動詞
つなぎの動詞として、result inやlead to、provide forなどそれ自体は実質的意味のない形式動詞がよく使われます。
●例文8
Failure to file the certificate in due time shall lead to the document being deemed not to have been received.
期限内に証明書を提出しないと、文書は受領されなかったものと見なされる。
●例文9
Combining DNA from different existing organisms (plants, animals, bacteria, etc.) results in modified organisms with a combination of traits from the parents.
現存の異なる生物(植物、動物、細菌など)からのDNAを組み合わせると、両親の特徴を併せ持つ改変された生物が生じる。
またenable, allow, permitなど「可能にする」と言う意味の動詞があり、形式動詞とよく似た形でよく使われます。これを「可能化動詞」と呼ぶことにします。provideには可能化動詞のニュアンスもあります。
●例文10
The use of a divergent illumination enables a micro-magnification of each LCD of the mosaic pattern to be obtained on the screen.
発散照明を使用すると、画面上でモザイク・パターンの各LCDの微小拡大を得ることが可能になる。
●例文11
The use of purified chromosomes separated either by flow sorting from human cell lines allows a single chromosome to be mapped.
ヒト細胞系からフロー・ソーティングによって分離した精製された染色体を使用すると、単一の染色体のマッピングが可能になる。
形式動詞や可能動詞が使われる場合、目的語に相当する部分に動名詞や動詞派生名詞が使われる、すなわち後半部分も名詞構文になっていることがよくあります。
●例文12
This process (meiotic recombination) can result in the separation of two markers originally on the same chromosome (Fig. 8).
この方法(減数分裂時の組換え)により、元々同じ染色体上にあった2つのマーカを分離することができる。
●例文13
Improving the coupling ratio may permit programming the gate at a lower voltage level.
結合比を改善すると、ゲートをより低電圧でプログラミングすることが可能になる。
前置詞付きの構文
次に、動詞派生名詞や動名詞は前置詞の後に置かれることがよくあります。例文14の訳し方を覚えていると便利です。
●例文14
In accordance with the principles of the present invention, prior to storing the data for later retrieval, the data is compressed, as described in detail below.
本発明の原理によれば、後で検索できるようにデータを格納する前に、以下で詳細に説明するように、データを圧縮する。
●例文15
With this prior art approach the amount of time required to achieve a matched condition can be substantial as a result of the sequential variation of only one reactance at a time.
この従来技術の手法によれば、一時に一方のリアクタンスだけを順次変動させる結果、整合状態を達成するのに必要な時間はかなりの量になる。
こうして出来た前置詞句は、接続詞で始まる副詞節と同じ意味を表します。したがって、副詞節の形に訳すことができます。
●例文16
After the initial decrease in the value of capacitor 20 and increase in the value of capacitor 18, microprocessor 30 detects whether the delivered power has increased or decreased.
コンデンサ20の値が最初に減少し、コンデンサ18の値が増加した後、マイクロプロセッサ30は送出電力が増加したか、それとも減少したかを検出する。
●例文17
The load has a relatively high impedance prior to ignition of the gas into a plasma state.
ガスを着火してプラズマ状態にする前、負荷は比較的高いインピーダンスを有する。
形容詞の名詞構文
形容詞の派生名詞も動詞派生名詞と同じような形で訳すことができます。たとえば、例文19のability以下はthat it is able to process〜と書き換えられ、例文20は、due to the fact that (=because) any communication is absent (=there is no communication)〜と同じ意味です。
●例文18
The advantage of a single global clock is simplicity in both the hardware and the software; the advantage of distributed control is expandability and flexibility.
単一のグローバル・クロックの利点は、ハードウェアの面でもソフトウェアの面でも簡単なことであり、分散制御の利点は、拡張可能でフレキシビリティがあることである。
●例文19
The advantage of memory to memory machines is the ability to process very long vectors.
メモリ−メモリ・マシンの利点は、非常に長いベクトルを処理できることである。
●例文20
due to the absence of communication between the applications
アプリケーション間に通信が存在しないので、
●例文21
Work to investigate the possibilities of utilizing the atomic energy of uranium for military purposes has been in progress since 1939.
ウランの核エネルギーを軍事目的に利用できるかどうか調査する仕事が1939年以来進められてきた。
先に、動詞派生名詞を使った文と動名詞を使った文は相互に書き換えができると申しました。ただしそうした変換がいつでも完全に等価なわけではありません。動名詞は受動形(態)や完了形(相)を取ることができるのに対して、動詞派生名詞はどちらの形も取れず、通常は捨象します。
また動名詞は、定動詞と比べると、時制を表せず、話法の助動詞を直接取れない点で表現力が狭くなります。前者の点は捨象され、後者では代替表現が使用されます。
なお意味上の主語と目的語は動名詞でも動詞派生名詞でも表せます。動詞派生名詞では他動詞の目的語、自動詞の主語は上述のようにofで表し、他動詞の意味上の主語はbyで表します。動名詞の主語は単に動名詞の前に置きます。
では最後に同じ語の様々な派生形が出てくる次の文章を味わって下さい。
●例文22
The surface of the floating gate structure may be roughened. The roughening may provide a high coupling coefficient.
The roughening of the surfaces where the floating gate and control gate meet may increase the capacitance of a stacked capacitor. The roughened surface increases the effective area of the capacitor. The roughened surfaces may serve as a tunneling oxide with a field enhanced tunneling method.
浮動ゲート構造の表面を粗面化することができる。この粗面化により、高い結合係数が得られる。
表面の浮動ゲートと制御ゲートが出会う所を粗面化すると、スタック・コンデンサのキャパシタンスを増大させることができる。表面が粗面化されていると、コンデンサの実効面積が増大する。粗面化された表面は、電界強化トンネル法でトンネル酸化物として働くことができる。
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