翻訳の泉 翻訳に役立つ情報や翻訳の知識

翻訳のマナーと規則

機密保持

仕事の上で知り得た非公開の情報が第三者に漏れないように細心の注意を払わなければなりません。特に未公開の特許契約書など機密性の高いものは、資料送受の方法や作業完了後の処分も含めて取扱いに厳重な注意が要求されます。翻訳者のせいで秘密が漏れ依頼元に損害を与えた場合、損害補償を求められる可能性があります。また先日のスパイ事件のように、刑事事件の対象となることもあります。

納期

納期が最優先です。事故の時や予定より遅れそうな場合は早めに連絡すべきです。締め切り間際になって、間に合いませんといってくる翻訳者が時々いますが、そのようなことが一度でもあると信用がなくなります。早めに連絡すれば、代わりを捜すなどの手当てができます。翻訳の仕事は、原文の出来や得意分野か否かなどによって、予想より速く進むことも、逆に倍の時間がかかることもあるものです。

訳抜け

訳抜けは最大の誤りです。誤訳は専門家が訳文を読めば意味が通らないことから誤訳だと判断できることがありますが、訳抜けは訳文からではまず見つかりません。notが抜けただけでどうなるか考えただけでも、訳抜けの恐ろしさはわかりますね。よく抜けるのは、後ろから訳した場合の文頭の部分、それに二三行置いてよく似た表現で始まる文です。訳抜け防止のため、許されるなら訳文の「。」に相当する原文の位置に/印を鉛筆で入れるとよいでしょう。こうすると、ある段落中に大きな抜けがないかどうか子供でもチェックできます。

用語/書式/文体

指定された用語/書式/文体は尊重しなければなりません。ですます体/である体は大抵の場合に指定されます。翻訳要件を明確にし高品質の翻訳を求める発注元からは、書式や文体のサンプル、用語集を付けてもらえることがよくあります。

訳語・訳文の統一

同一の(もちろん同じ意味の)単語、類似の文章は、同じ形に訳します。特に今のパソコン、ワープロの時代には、そうしないと、訂正が必要なときに一括変換ができず、一つずつ原文と照らし合わせながら訂正しなければならなくなります。マニュアルや特許明細書ではほぼ同じ表現が繰り返し出てくるのですが、それに気づかず毎回訳し直し、せっかく一度は正しく訳せたのに次には誤訳している人を時々見かけます。

原文体裁の尊重

ページ対応といって原文と訳文のページを一致させることを求められるのは特別の場合だけですが、指定がなくとも表紙などは原文のページ通りに区切り配置することが望まれます。

とくに段落分けは(書式の指定がない場合)原文通りとし、1行あけまたは字下げなどはっきりした形で示す必要があります。インデント、箇条書きなども一般に原文通りとします。

コメント・問合せ

疑問点・不明な訳語・誤植などがあれば、別紙に訳注を添えておきます。訳注には、原文と訳文の位置(ページ、行など)、原文の当該箇所およびコメントを明記します。

予め確かめておきたい重大な疑問点があれば、特に予めはっきりさせておかないと後処理が大変になる場合には、事前に発注元に問い合わせます。

翻訳者から疑問点を尋ねるのは勇気がいるものですが、native speaker でかつ専門家でない限り、理解できない点は必ずあります。適切な質問があれば、かえってその人の実力が確認されるものです。

また実務翻訳の原稿には、エディットが不十分で原文のおかしいものが沢山あり、重要な問題は可能なら著者まで問い合わせることもあります。

図表の参照

科学技術文献などで図面がついている場合、それを見ると内容がよくわかります。翻訳中に原文の意味が分からない場合に、図面を見れば直ぐわかることがよくあります。または各段もしくは全文の翻訳終了後に、図面を見ながら訳文をチェックすれば誤訳を見つけることができます。

読み直す

よく一晩干せといいますが、完成後しばらく経って詳細を忘れた後で読み直すと、自分の理解が及ばなかった所、話の通りが悪い所、テニヲハの不備などに気がつくものです。

その他

マナーの最後にもう一言。けちをしないことです。たまにですが、すごく冗長な訳文を作ってくる人がいます。察するに、訳文の字数や語数で収入が決まるシステムに馴染んでいて、引き延ばして収入を上げようとの意図と思われます。訳文を損なわない程度に引き延ばしを試みてもせいぜい5%程度しか引き延ばせません。そんなことに神経を使うより、いい訳文を作るために頭を使う方が賢明です。

また、訳文のハードコピー印刷出力を提出する場合、用紙節約のためか、細かい字で行をぎしぎしに詰めて印刷してくる人が時々います。用紙代は翻訳料に比べてほんの僅かです。そういう配慮のない人に限って品質も悪いことが多いのですが、訂正を入れるスペースもありません。印刷の文字フォントがきれいでレイアウトが見やすいと、翻訳も上手に思えるものです。印刷の際にはこの点にも配慮ください。例えば、英数字のMS明朝は非常に見にくいので、私は century などの欧文活字を使っています。

仮名遣い・送り仮名

マナーは前回でおしまいで、今回からは翻訳上の決まりについてお話しします。決まりと言っても、必ずこうすべきだというものは余りなく、文書の種類や依頼元の指定に応じて変わるものが多いのですが、こういう点に注意すべきであると頭に置いておき、必要に応じて指定を求めてください。

仮名遣い・送り仮名は通用の規則に従います。ワープロで普通に出て来る用字は一般に認められますが、少なくとも次のような接続詞・副詞・形式名詞などには平仮名を使います。

×乃至 ×且つ ×或る ×事 ×

複合語の送り仮名については、たとえば動詞は全部送り、名詞形は語尾だけ送り、成語は送り字なしにするやり方もあります。

読み取る 読取り 読取装置

カナ書き

生物学用語としての生物名はカナ書きにします。ウシ、サクラ。人もヒトと書きます。

化学元素や化合物名で常用漢字で書けないものは、カナ書きにします。スズ、リン、フッ素、シュウ酸。

また外来語ではないものを仮名書きするときは、原則として平がなで書くことになっています。実際には見やすいようにカナ書きする人もよくいますが。めっき、はんだ、ねじ。

音引き

技術文では、動詞から派生した ar、or、er で終わる行為者や道具を表す語は、音引きしない、つまり語尾に「ー」を付けないことになっています。「コンピューター」とせずに「コンピュータ」とするのです。ただし、2音節の語は例外で、たとえば filler は「フィラー」と伸ばします。接尾辞 yで終わる語も同様です。たとえば、lithography 「リソグラフィ」、metallurgy 「メタラジ」。ただし、一、mer を語源とするポリマーや、語間に長音のあるインターフェース、オーバーライドなどの「ー」も省略する人がよくいますが、感心しません。「パラメータ」は許容されます。二、新聞記事など一般向けのものには適用されません。マニュアルなども、一般向けのものでは音引きするよう指定されることが多いようです。三、分野によって違います。工学系、特に機械、電気系ではこの規則が守られていますが、理学、薬学系や、化学、土木建築の分野では使われていません。energy などは音引きすべきかどうか微妙なところですが、学術用語集を見ると工学系でも分野によって伸ばすところ、伸ばさないところ、様々です。

音訳複合語

computer system などの複合語を音訳する場合、3つの方式があります。第一は、「コンピュータシステム」と何も区切りをつけずに続ける方法です。新聞なども含めて、この方式が最も使われているようです。ただし、3個、4個の単語が繋がっている複合語もコンピュータの分野などではよくあり、長くなって読みにくくなります。そのために、原語の切れ目に区切りの印を入れることが行われています。その一つは、「コンピュータ・システム」と原語の切れ目に中黒(・)を入れる方法です。もう一つは、使用頻度は低くなりますが、「コンピュータ システム」と原文に準じてスペースを入れるものです。いずれの方式を使うかは依頼元の指示に従います。指示が分からない場合は、中黒方式にしておくと、一括変換によって他のどちらの方式にも自動的に変換できるので好都合です。

区切りを入れる方式では、原則として原文どおりに区切りを入れます。例えば、IC用の半導体基板として使われる Silicon On Insulator は「シリコン・オン・インシュレータ」、Silicon On Sapphire は「シリコン・オン・サファイア」と前置詞も一人前の単語として訳しています。ただし、pull down や set up など動詞+副詞からなる複合語は「プルダウン」「セットアップ」と一語に訳した方がよいと思います。

また、分野によっては区切りの扱い方が決まっているものもあります。たとえば化学では、化合物名は、英語では methyl isopropyl ketone などと構成単位ごとに分かち書きしますが、日本語では「メチルイソプロピルケトン」と一語に訳すのが習慣です。ただし、これは純粋な化合物に限っての話で、混合物やコポリマー(共重合物)ではハイフンなどを挟みます。

句読点

句読点については、横書きの理工系の教科書や論文で、コンマ、ピリオドなどすべて欧文用の句読点で通しているものもあります。一方、日本語本来の句読点は、句点「。」、読点「、」、「」などの括弧類くらいのもので、疑問符?、感嘆符!も普通は使いません。実際には、この両極端の間のものを文書の種類に応じて使うわけで、指定に従うことになります。

一般論としては、日本語用の句読点だけで済ませる場合は、なるべくそれで済まし、必要な場合だけ欧文用の句読点を使うのが妥当と思われます。例えば、漢字や仮名を囲む括弧は「 」ですが、英字英文や数字を囲む括弧は、一般に" "を使うのが自然です(特許明細書では「 」)。また実例を沢山挙げている文で、グループの間に「;」を置いて区切りをはっきりさせている場合、必要なら訳文にも「;」を使います。sample and hold circuit は1つの回路で2つの機能を果たすので、「および」で繋がずに、スラッシュ/を使って「サンプル/ホールド回路」とするのがよいと思います。

なお、数式、化学式、コンピュータ・プログラムなどでは、それぞれ慣用に従って欧文の句読点を使います。例: 1,2−ジメチルシクロペンタン

(i = 1, 2, 3, ..., n)

参照文献

参照文献、参考文献をどう扱うかについても、いくつかのやり方があります。つまり翻訳するか、原文のまま残すかです。専門書の訳書でも、参考文献を訳してあるものと原文のまま載せてあるものがあります。訳さないと、何をテーマにしたものか読めない人には分からず、また原文がないと、元の文献が参照できません。これをどう扱うかはやはり依頼元の指定に従いますが、指定のない場合は、原文の後に必要に応じて訳文をかっこ内に入れるか、またはその逆に文献も翻訳し必要な原文をかっこ内に入れるかしておけばよいでしょう。なお雑誌名を訳す場合は、定訳がある場合を除き普通は音訳します。

書籍および文献の通常の書き方は次の通りです。

R. H. C. Davis, The Normans and their myth, Thames & Hudson, London, 1976
R・H・C・デーヴィス著『ノルマン人』柴田忠作訳、刀水書房、一九八一年。
Boss et al, "Cloning and Sequence Analysis of the Human Major Histocompatibility Complex Gene DC-3beta", Proc. Nat. Acad. Sci. USA 81: 5199 (1984).
Salser, "Cloning cDNA sequences: A general Technique for Propagating Eukaryotic Gene Sequences in Bacterial Cells", in Genetic Engineering, 1978, Charrabarty (ed.), CRC Press Inc. Boca Raton, Fla., pp. 53-81.
伊藤宏之「ヒュームとスミス」社会思想史研究(16)、98〜99、1992、102(1)
青木廸夫「A.スミスの経済学」、田中菊次編『経済原理−学問としての経済学を求めて』(青木書店)1980、98 (1980-II)

略語

英文でも Acronym 頭字語と呼ばれる略語が経済、技術など多くの分野で盛んに使われています。その取り扱いですが、NATO、URL、ROM など日英両方とも略語形が普通に使われているものは、そのまま訳語として使います。

ただし、日本語ではフル語形も普通に使われるもの、またフル語形のまま訳しても簡潔な形になるもの、たとえば I/O (入出力)、DC (直流)、RF (高周波) などは、フル語形で訳すのが妥当だと考えます。また UN(国連)、UK (英国) などそれぞれ独自の略語のあるものは当然それを使います。

なお初出の際にフル語形の後に略語形が括弧に入れて示されることもよくありますが、普通は原文通りに処理します。ただし、フル語形に定訳がない場合や略語形の方が圧倒的によく知られている場合などは、C4(Controlled Collapse Chip Connection)、URL (Uniform Resource Locator: ユニフォーム・リソース・ロケータ)などとすることもあります。

数字

科学技術文献などでは、数字は、一般に成語以外はアラビア数字で差し支えありません。「1つの」「第1の」。必ず漢字を使わなければならないのは、「一時的」「択一的」など他の数字で置き換えられない場合だけです。"ある"の意味の「一」も漢字にすべきです。もちろん、化学の学術用語 primary alcohol 「第一級アルコール」、電気の secondary coil 「二次コイル」など、指定されている場合はそれに従います。

一般の文書では英数字(アルファベットとアラビア数字)は半角を使うことが多いようです。その際、和文との間に半角のスペースを入れるのが普通です。ただし、特許明細書などでは基本的に全角文字を使うことになっています。

固有名

人名、地名、会社・団体名などの固有名詞も、ポピュラーでない場合は文献の場合と同様に( )内に音訳を付けます。会社・団体名が英語以外の場合は、できれば直訳も付けておくと親切です。

固有名詞で日本語名があるものはそれを使わなければなりません。外国の会社名でも、日本に支社や子会社があるものは日本語名が決まっています。たとえば日経「外国会社年鑑」に出ています。E. I. du Pont de Nemours がデュポン社であることがなかなかわからなかった経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。

逆に日本の企業や団体でも大きいところは英語名を決めてあります。従って勝手に訳すのではなく、正式の訳名を調べなければなりません。日本企業の英語名は「会社四季報」など、団体名はインターネットの「団体名和英対照表」http://en.j-cast.com/a05_links/などで調べることができます。参考書に出ていない場合は、直接問い合わせる努力を払うべきです。商品名なども同様です。

書籍、映画、レコードなどはタイトルが付け直されることも多く、調べるのが大変そうですが、便利な辞書があります。「和英・英和タイトル情報辞典−映画・音楽から文学・美術まで」小学館

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