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第10回 it thatの話

はじめに

これで10回目になりましたが、今回で構文編は終了します。如何でしたでしょうか。紙幅の制約から説明が舌足らずの感を抱いていますが、内容的にはお役に立てるものと考えています。各種構文について常に複数の訳し方を用意し選択するという作風を身につけて戴けたでしょうか。今回は it 〜 that 構文および類似の構文を扱います。

評価文

次のような文章は、よく見られるもので、別に難しいところはありません。述語としては、動詞の他に possible、difficult、advantageous など評価の形容詞もよく見られます。

●例文1

It is estimated that we currently are able to cultivate only a few percent of the 100,000s of bacterial species.
我々が現在培養できる細菌は、数十万種のうちのわずか数パーセントと推定される

●例文2

It is supposed that Savery's engine was perfectly well known to Newcomen, and that the latter may have visited Savery at his home in Modbury, which was but fifteen miles from the residence of Newcomen.
セイバリーの機関はニューコメンにはよく知られており、ニューコメンは自宅から僅か15マイルの所にあるモドベリーのセイバリーの家を訪問した可能性がある。

次のような挿入句で同じ意味を表すこともできます。

●例文3

The author of the 'Vestiges of Creation' would, I presume, say that, after a certain unknown number of generations, some bird had given birth to a woodpecker, and some plant to the mistletoe.
「天地創造の痕跡」の著者なら、私が思うに、どれだけかわからないが何世代が後に、ある鳥がキツツキを生み、ある植物がヤドリギを生んだと言うだろう。

全文修飾の副詞

上記の it 〜 that の内容を副詞一語で表すことができます。例文4は、It is interesting enough that 〜 と同じです。訳し方としては、次のように原文どおり副詞形で訳すほかに、「〜ことは十分に興味がある。」など文全体を受ける形で訳すこともできます。

●例文4

Interestingly enough, many Creationists now accept the idea of microevolution occurring with microbes and domestic animals, plants etc., but they refuse to relate that to higher animals and, most particularly, to humans.
面白いことに、多くの天地創造論者が今では微生物や家畜、植物などでは小進化が起こるとの考えを受け入れているが、それを高等動物、特に人間に関係付けることは拒否している。

驚くべきことに、動詞も副詞形にすることができます。動詞が受動形の場合、〜edly の形になります。

●例文5

the product which allegedly caused the harm complained of was sold by the product seller;
告発対象の被害を引き起こしたと主張される製品は、その製品販売者によって販売された。

これは、which is alleged to have caused the harm〜と言う意味です。訳し方としては、「その主張によれば、」などと副詞的に訳すこともできます。現に上文と同じ文書に次の表現も使われています。

a product liability action for harm which is alleged to relate to the adequacy of the packaging of a drug

動詞が能動形の場合は 〜ingly の形になります。ただし次の例では seemingly は文全体ではなく odd だけにかかり、訳し方も副詞形で訳すしかありません。

●例文6

Discoveries were made which propelled the genetic revolution upon the world. It all started with a seemingly odd result obtained with some phage.
世界で遺伝革命を推進する諸々の発見が行われた。それはすべて、あるファージで得られた一見奇妙な結果から始まった。

この種の副詞形には次のようなものがあります。訳し方としては、副詞として訳すやり方と、全体を受ける述語として訳すやり方があります。勿論こうした形は一般の文書で普通に使われるものではありません。


reportedly :報告によると、
announcedly :伝えられる所によると、
seemingly :見たところ、  〜ようだ。
supposedly :おそらく〜だろう。 〜と想像される。
admittedly :〜とみなされている。
conceivably :〜と考えることができる。

特許明細書では、preferably、advantageously が頻繁に使われます。

●例文7

Preferably, the values of the first and second variable reactances are simultaneously varied.
第1および第2の可変リアクタンスの値が同時に変化することが好ましい

●例文8

At the time of trunk configuration , the linkmap table is created and initialized with pointers to trunk-members, preferably in a round-robin fashion.
トランクの構成時に、リンクマップ・テーブルが作成され、トランク・メンバを指すポインタで、好ましくはラウンドロビン方式で初期化される。

強調構文

よく似た構文に、it 〜 that 強調構文があります。これも訳し方は簡単です。勿論 it は that 以下を指します。

●例文9

It was while working with Boyle that Papin invented the double air-pump and the air gun.
パピンが二連空気ポンプと空気銃を発明したのは、ボイルと一緒に仕事をしていた時であった。

●例文10

For a given shift, the amplitude of the generated test signal is all the greater as the receiver is close to a point of zero point for it is here that the slope of the curve is at its greatest steepness.
シフトが与えられている場合、生成されるテスト信号の振幅は、受信機がゼロ点に近づくほど大きくなる。というのは、この点で曲線の勾配が最も急になるからである。

次の例文は、it が that 節ではなく to 以下を受けるものです。

●例文11

It is the constitutional role of the national government to remove barriers to interstate commerce;
州際通商の障壁を取り除くことは連邦政府の憲法上の役割である。

次の文は、形は似ていますが強調構文ではありません。It は that 以下ではなく、cytoplasmic membrane を指しています。

●例文12

The cytoplasmic membrane is the structure that makes the cell possible as it is a selective barrier that separates the highly organized machinery of a cell from the frightful chaos on the exterior.
細胞膜は細胞を可能にする構造である。というのは、それが細胞の高度に組織化された機構を外界の恐るべき混沌から分離する選択的障壁だからである。

倒置文

強調を表す構文としては、他に倒置文も使われます。訳し方としては、前置された述部全体を先に訳すやり方と、前置された部分のうち連用修飾部分だけを先に訳し、述語は最後に持ってくるやり方があります。

●例文13

Of great importance in organic chemistry are nucleophilic displacements on carbon.
有機化学で非常に重要なのは、炭素上での求核置換である。

倒置文が受動文の場合は、述語は最後に訳す方が自然です。原文で述語が前に来ているからと言って、訳文でもそうする必要はありません。

●例文14

Also coupled to quantizer is inverse transformer, which receives as input the quantized wavelet coefficients.
×:量子化器に結合されるものには、量子化されたウェーブレット係数を入力として受け取る逆変成器もある。
○:量子化器には、量子化されたウェーブレット係数を入力として受け取る逆変成器も結合される

形式主語 there を使って倒置文を作ることができます。これは、強調と言うよりも、主語が重くなるのを避けるために使用されます。訳す際には there は無視して差し支えありません。

●例文15

There is overwhelming scientific data collected by thousands of scientists over hundreds of years that support evolution.
進化を支持する圧倒的な科学的データが、何千人もの科学者によって何百年にもわたって集められている。

●例文16

There are tons of yeast produced as byproducts of the ethanol industry.
何トンもの酵母菌がエタノール工業の副産物として生産されている。

組み替え

翻訳者の中には、原文どおり訳さず、次のように、前の方の要素を先にまとめて訳して、文章の構造を組み替えてしまう人が時々います。次の訳文では、いつもどおり組み替えして訳した結果、意味がおかしくなってしまいました。スペーサの後に「の形」を補うべきだったのです。ただし、第2の訳と比べて見れば明らかなように、原文どおり訳す方が、すっきりしており、組み替える必要は全くありません。

●例文17

Each electrically conductive element is in the form of a spacer of an electrically conductive material.
×:各導電素子の形状は、導電材料製のスペーサ(の形)である。 
○:各導電素子は、導電材料製スペーサの形をとる。

次の訳も同じやり方です。原訳は混乱しているので手を入れてあります。

●例文18

The inorganic acid is added to the plating bath in an amount such that the ionic strength of the bath is typically from about 5 molar to about 9 molar, and more typically about 1.5 molar to about 2.5 molar.
×:めっき浴中に加える無機酸の量は、浴のイオン強度が通常は約5モルないし約9モル、より典型的には約1.5モルないし約2.5モルとなるようなもの(量)である。
○:浴のイオン強度が通常は約5モルないし約9モル、より典型的には約1.5モルないし約2.5モルとなるような量の無機酸をめっき浴中に加える。

ただし、次のような文では、組み替えて訳すとわかりやすい文章になります。主文が短く、かつ評価文の場合、または例文20のように副文が理由を表す節の場合です。

●例文19

Experience has shown that in addition to the main valve which controls fuel flow to the combustion chamber on a demand basis, the presence of the previously mentioned burner controller device is needed to provide for safety in controlling fuel flow to the combustion chamber.
経験の示すところによれば、要求に応じて燃焼室への燃料流量を制御する主燃料弁に加えて、前述のバーナ制御装置の存在が、燃焼室への燃料の流れの安全な制御を行う上で必要である。

●例文20

This is important since there are areas at the periphery of the wafer which are not formed into chips because of the curved configuration of the wafer but may still effect the metal uniformity of the wafer and may result in dishing after the CMP process.
このことが重要なのは、ウェーハの周縁部には、ウェーハの形が曲線状であるためにチップに形成されないが、それでもウェーハの金属均一性に影響を与え、CPM工程の後ディッシングをもたらす可能性のある領域が存在するからである

なお、内容上の力点を強調したり、訳しにくい単語を品詞を変えて訳すために、組み替えを行うこともできます。実は例文1の副文も組み換えてあります。

●例文21

From the facts collected by Heusinger, it appears that white sheep and pigs are differently affected from coloured individuals by certain vegetable poisons.
ホイジンガーが収集した事実から、白の羊と豚は、ある種の植物毒による影響が着色個体とは異なることが明らかである。

次回からは、装いを改めて、助動詞や前置詞など、頻繁に使用され文中で重要な役割を果たす個々の語を扱う機能語編に入ります。

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